日本人の名前が付いた通りがリトアニアにあるのはなぜ?
旧ソビエト連邦から独立したリトアニア、エストニア、ラトビアのバルト3国。
このうちリトアニアに「スギハラ通り」という日本人の個人名が付いた通りがあります。
これは第二次世界大戦中エストニアの首都カナウスにある日本領事館にナチスの迫害から逃れようとユダヤ人がピザの発給を求めて押し寄せてきました。
これに対し当時の日本はナチスとの同盟関係を考慮し、ピザの発給を拒否するように指示しましたが当時の代理領事の杉原千畝がこの命令に背いてユダヤ人を救うために、自らの手で約6000枚のピザを一人で作成し出国できるようにしてあげました。
これによりユダヤ人たちは無事に出国することができ命が救われたのです。
後にイスラエル政府から賞され、また、リトアニアの首都ビリニュスにその名を取って「スギハラ通り」ができました。
人道主義にもとづいた勇気ある行為だったのですが国家権力に背いたゆえに辞職を勧告され杉原千畝氏は外務省を去ったのでした。