title:小耳ニュース

交通違反の取り締まり兵器白バイは赤かった

私は若かりしころスピード違反で白バイに捕まったことがあります。見事に私の車の死角で併走されスピード違反を確認したところでサイレンを鳴らされ御用となりました。
まあ、スピード違反の罰金が悲しい思い出です。
ところで今でこそ白バイと呼ばれていますが実は白バイはもともとは赤かったんです。大正7年(1918年)に警視庁の麹町、愛宕、上野の三署にスピード違反取り締まりに赤い色をしたオートバイが1台づつ配備されたのが始まりです。
このころ制限速度はなんと10マイル(時速16キロ)だったそうです。時速10マイルといえば当時にしても自転車に追突される事故が起きるほど速度のようだったそうで今として笑える速度でした。
この赤バイに替わって白バイが登場するのは1936年(昭和11年)秋のことです。
当時の読売新聞にこんな記事が書かれていました。「赤バイは「物かげにかくれてスピード違反の科料を稼ぐので、ありようは、鬼神の如く怖(おそ)れられてゐた小姑的存在であった」。それが、「こんど警視庁交通課が新購入の白バイは“小姑根性”をさらりと捨てて都大路の幹線を規則通りのスピードで走り、これを追い越す円タクはやっつけるが、大体は白バイの速度に尾(つ)いてくるやうスピード指導を目的」にする。「白く塗ったのは誰にもよく目につくやうにとの親ごころ」で、記事はこれを“父性愛的存在”と歓迎したそうです。
評判の悪かった赤バイに代わり白バイが登場したのですが「物かげにかくれて」というのは私の捕まった例も含めて今でもやっているのではないでしょうか?(^−^)。

since 2006/5 Copyright(C)リンク集kotiraAll Right Reserved
メールアドレス